2018年2月17日土曜日

言葉も猥雑な日本にどんどん踏み込む

 この方が、安保法案の強行採決で活躍したことは忘れられない記憶として残っている。たまたまみたツイッターを見ていたら、佐賀県の陸自ヘリの墜落事件で書き込みがあった。

「心配停止」の突っ込みは止めておくにしても、「落着」とは全く意味不明だ。「不時着」、「緊急着陸」、「予防着陸」、「着陸・炎上(防衛相、NHK)」と様々な言葉が使われるが、「墜落」だけはなんとか避けたいということなのだろう。

2018年2月12日月曜日

なにがあっても春が来る


 ちょっと寒いのもあって、二、三日家からでなかった。陽ざしの強さが、部屋にいてもわかるようになってきたので、ウォーキングのつもりで外に出た。神田川沿いを下ってみると、この時期いつも咲き始める早咲きの桜が、二つ三つぴちっと咲いていた。ああ春が来るんだよなと気持ちが華やいだ。

 テレビが平昌オリンピックと相撲界の話題を、くちさがない言いようで垂れ流すので、何を考えて報道しているのかと腹立たしい気でいるところだったから、気持ちが明るくなった。

 なにがなんでも「圧力で」と言うことに同調しているようで気持ちが悪い。緊張が高まっていくことで、何かのきっかけで戦争が始まることを心配する声は少なくない。オリンピックの開会式の報道では「平和のため」ということに触れたコメントもあった。これを機会に対話の可能性をさぐるという流れも見える。「敵」にたいする憎悪をあおるばかりは、平和に向けて生産的なことにならないだろう。


梅はピンボケになった


2018年2月8日木曜日

墜落を「着陸、炎上」という丁寧さ?

 ヘリコプターが事故を予測判断して空き地などに着陸することを予防着陸と表現されている。緊急着陸では聞こえが悪いからなのかどうかわからないが、言葉のイメージからは相当に違いはある。ヘリコプターが着陸していいのはヘリポートだけだから、それ以外で着陸するのは緊急の場合になる。
 
 予防着陸は墜落を避けるための策で、「異変」を感じたらとにかく着陸をするという、危険回避のためにあるのだろう。乗員の安全確保には大切なことだから、米軍でも「躊躇するな」と啓もうしている。

 佐賀県の空自ヘリ墜落は、NHKでは「着陸、炎上」と表現した。民放の臨時ニュースでは、早々に「専門家」が「予防着陸をしようとしたが…」といい、事態が明らかになるにつれて、「予防着陸する余裕もなく…」とコメントしていた。「着陸、炎上」は防衛相の記者会見で発表された言葉だった。墜落の映像もメディアではすでに発表していたから、違和感以上に何か無理やり着陸にさせたかったのかなと疑ってしまう。

 政府が発表する通りの使い方では説明になっていない。言葉は使いようで、印象がかわるが、政治がらみではもっとも「弄ばれる」存在になる。墜落ヘリの呼び名は「空自ヘリ」として落ち着いてきた。NETのニュースでは当初「航空機」と称するものもあった。航空機は「民間機」と「軍用機」に分けられる。憲法上「軍」は使いにくいだろう。「攻撃ヘリ…」というものもある。「攻撃」は専守防衛からすれば使えない。正式名称は「AH-64Dアパッチ・ロングボウ」。


予防着陸を躊躇するな

2018年2月6日火曜日

銀座の雪景色ねらったものの

 雪がちらちら舞っている中、銀座のツアーに行く。12人が2班に分かれて回る。銀座の古きものを撮りたくて、申し込んだのだったが、雪の降り様を前日から気にしていた。どうせなら、雪が少し積もっていれば変化があっていいのかと、勝手な願いをして、靴のすべり止めと頭にかぶる傘を用意した。でも残念ながら降っては積もるほどの状況でなく、毛糸の帽子をかぶったままで、傘がなくてはという程のことはなかった。

 史跡を巡るというが、ちょこっと残っている石碑と史跡を見ることがほとんどだ。銀座を抜ける小道を何ヵ所か通って、路地の中程にある神社を見る。神への思いは継がれているのか、きちんと手入れがされて、現職の位置を保っている。古い建物もあるにはあったが、回って見たところでは少ない。

 銀座の歴史を飾った有名人がいたという説明もいくつかあったが、その時ばかりで記憶がない。通りを抜ける路地の、薄暗い看板の前で有名人の話をしてくれた。銀座の歴史をつなぐものは、時を経て消えていくのは当たり前といえば当たり前。しかし、明確に残していこうという姿はあまり感じられない。

 汐留のあたりは本当に少ない。土地の「効率的利用」にそぐわないということなのだろうか。高級ブランドの店があれば「青山」の店の看板もあちこちに目立った。地方都市に行くとよく見る、洋服店のその看板を銀座の街で見るのも妙だ。銀座を撮っている人が多くて、どこをとっても自己満足の域は出ないだろう。もう少し前から撮っておくべきところだった。どこでもそう言えるけれども。












2018年2月4日日曜日

「能登はやさしや土までも」


 能登の写真撮り旅には5回も行った。記憶にはそんなにないが、2年前にも行っていた。数人で回って歩く能登半島の風景・風物にそれぞれの魅力を感じるのだ。漁港、冬の海、歴史を感じさせる建物、漁村の人たち…。東京のガサツな生活や人情にはないものが、息づいていることに、懐かしさのようなものを感じさせる。

 そういうものが残っている文化というものだろうか。いいとか悪いとかでない、これから先はどうなっていくのか、消え去っていくことだけなら、寂しく悲しいことだ。

 その地、限界集落に産業廃棄物の処分場を造るという計画が、強引にすすめられている。10年も前から持ち上がっている話らしいが、ちょうど一年前に住民投票が行われて、投票率50%以上にならずに開票されないという珍妙な条例によって、意思表示が封じられた。

 自民党は、投票に行かないのも意思表示だと、投票者を浮き出させるという手法をとった。東京ドーム3倍分の産業廃棄物を石川、福井、富山県から受け入れるという事業計画だ。

 ムリヤリ開発がどこでも強行されて、また都市部と地方との格差がひろげられ分断される。こういうことをいつまで続けるのだろうか。「能登はやさしや土までも」は泉鏡花によるものとのことで、当地ではよく知られた言葉らしいが、裏返せば怒ったら怖いぞということでもある。上杉謙信が奥能登を攻めた時、仮面と太鼓を打って追い払ったという御陣乗太鼓の言い伝えがある。

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