2012年3月15日木曜日

上越市の地滑り

 上越市板倉区国川は頸城平野の際にある。頸城平野は、地図で見ると見渡す限りの田園だ。上越市が出身地である我が年寄りは、「上越市の」としか言わないテレビ報道にどの辺だろうかと心配していた。


 新聞には地域名が書いてあったので、グーグルの地図検索にかけてみると「航空写真」では田園風景が見える。親戚のあった新井から東10キロ程度のところだと、パソコンをみせると「ふーんそーか」と安心した。


 平野が山にかかる際にある。道路より山側に建てられた家なのだろう。家の裏に3枚くらいの田んぼがあってその後ろが山になっているようだ。


 様々な事情があってその位置に「新築」の家を持ったのだろうと思うが、こんなことになるなど想いもよらなかったことだろう。板倉区国川は、山と平野のほんの間際だから雪解けのころは水が多く出ていたと考えられる。際には沼地が細く点在しているようで、水流となって支流をつくり、関川に合流して、直江津港まで流れていく。


 元は田んぼだったところに家が建てられたのだろうか。これも「減反」ということがかかわっているのではないか。考えすぎかもしれないが、全国4割でも減反を迫られた田んぼの処理の結果だとしたら、これも政治が絡んでいることになる。田んぼのままだったら被害が違っていた…。