2017年7月20日木曜日

写真エッセイ「Ywayいどばた」は中途削除になった

 写真は自分が撮ったものに「思いいれ」がある。写真家の方々も(たぶん)あるのかと思うが、写真(写真撮影~現像~展示)の経験を積んでいくことで、卓越した力をつけていくものだろうと解釈する。

 身につけることが、簡単でなく癪には触りながらも、昔のようにはいかない。こんなものかと折り合いをつけながらいくかと、なるべく緩い坂を上るろうと、もっぱら自分に優しい設定にする。

 旅に出かけた折に、写真エッセイまがいの「小文」を作って、一緒に出掛けた仲間に配っていた。ほとんどが旅の内容で、ほかにも特別な出来事があるときに、そのネタで作ってきたものが、25編ほどになった。今はすでに廃止にした、写真集のHPに組み込んでいたものだったが、構成も煩雑さがあったので、参照しにくい内容だった。

 単体写真の編集(現像)もし直して見栄えをよくすることにし、この写真エッセイ分をWEBに載せてみようかと、読み直しながら文言を編集し始めた。Web名「Ywayいどばた」と、我ながらよい名称を思いついた。すでに4篇ほどのページを書き込んであったのだが、やっていくうちに、どうもブログの構成がよくない気がしてきた。本でいえば表紙が存在しないのだ。訪れたお客に迎えの挨拶もなく、直に本文に触れるというようになっているところが、どうも釈然としない。

 少し考えた末に、先日作った「とびとび写真集」にある「Blog」に組み込むことにした。写真集の集合体に+写真エッセイ(まがい)という具合になる。これなら、25編の写真エッセイの補給が途絶えても、何とかなると思うことにした。ところでその作業を昨日から始めたが、「コピー」機能を使って文章を作り上げたところ、Web上に表示されないという状態が発生した。

 4編が出来上がったところで、無残な結果になってしまった。コピー元のなにかの情報が新しいページで適応しないか邪魔にしているということだ。紙に書き直すというような単純なことでない、IC世界は付き合うのに気骨が折れるものだ。それで「Wwayいどばた」は日の目を見ずに削除ということになった。

2017年7月15日土曜日

英語という「外来種」

 英語を不要とするわけにはいかない日常になった。今は小学生の教育にも英語を取り入れていくということまでやる。グローバル化している社会には必需とされるのだろうが、和製カタカナであっても知らないものを投げつけられると、消化不良のようになる。

 文章を理解するのには、意味が分からないではすまないから、いちいちスマホやパソコンで検索して、意味なすところを調べる。わざわざ横文字にしなくてもすむところが、ずいぶんありそうな気もする。自分が学んだときでも英語を学ばされていたが、今に思えば知っていて損はないし、日常に使わないのは承知だった。だからなぜこんなものという感覚ではあった。

 社会の趨勢と言えばそれまでだが、なにか押し寄せるように横文字のカタカナが蔓延するようになった。パソコンの発達とそれに伴う「情報交換」や、伝達の迅速さがかつてとは大きく違い、多用されるようになった。新しい横文字言葉の意味がわからず、新聞を読む時でもテレビでも、その言葉が平気で使われてくるので、理解ができないこともある。このくらいの英単語は知っているものとして、勝手に決められているのかと若干腹立たしいことさえある。高齢者にスマホの市場が広がらないのは、横文字言葉の多さにも原因があるだろう。

 日本国内でもつぶさに見れば方言が駆逐されて、「都市化」によって故郷の言葉を失っている。開発の波をかぶらなかったところ以外は、NHKのお陰なのか「標準語」なるものが幅を利かせる。その地方の、つまりあの山から風が吹き降ろす厳しい寒さ、盆のころのとてつもなく蒸し暑い田んぼの、そこで生まれ出た言葉を失ってしまって、共通語となったことで、肌合いや機微など失ったものがあるのではないか。

 英語を…と、スピード~などまことしやかに宣伝し、英語クラブも流行っている。英語クラブには友人が複数通っている。言い過ぎを承知で言うなら、日本の文化を食い尽くす「外来種」の攻撃にも似ている。「英語」の名誉回復のために単語の訳を調べてみた。

「地域」
countryareazonezonegeographical zonedistrictdominionterritorial dominionterritorypart

「あうんの呼吸」
the harmonizingmentally and physicallyof two parties engaged in an activity; singing from the same hymn-sheet; dancing to the same beat


 訳の種類が多いのは、日本語の単語がそれだけ豊かな表情と意味を持っているということ。この英単語の使い分けなどとてもでないが、調べて使い分けする気はない。

2017年7月10日月曜日

弾道ミサイルが飛んで来たら頭隠せ

 北朝鮮が7月4日にICBM発射実験を行った。核も積み込める強力な兵器を持って、アメリカに対抗するとのやり方は、殺りくを公然化する卑劣なことで、正当なことと認めることはできない。アメリカが韓国との合同軍事演習で北朝鮮に圧力をかけ、韓国と在韓米軍による「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の配備でも、刺激をしているのだから、それも脅威を増幅し口実に使われている。

 「圧力」が軍事的なものである限りは、どちらかが攻撃の引き金を引く可能性は高くなるばかりだ。武力攻撃を否定しない外交とは、本当に国の力を表すことにならない。それに武力行使が一時「うまくいった」として、それがもたらす破壊、殺人、恨みの連鎖など、不幸の大きさは計り知れない。「うまくいった方が手に入れる成果」は、せいぜい兵器産業がほくそ笑むことくらいでないのか。

 相手国民が殺され、傷つくことで自国が成り立つという有様は、もう歴史の上では過去のものとなっているはずだ。日本も「北朝鮮に圧力を」とアメリカ大統領に会うたびに言い寄っていくのは、昔の言葉を使えば侵略性を意図しているということだ。

 安保法制、共謀罪の成立強行で日本がまた戦争を受け入れる社会に戻っていくのは、憲法を歯止めにしてきたあり方を否定して、戦争の道を選択する後退となる。それがかえって緊張を生み出すもとにもなっている。

 ところで、ミサイルが発射された場合の「心得」が内閣官房からNETに載せられている。テレビでもコマーシャルをしているが、「脅かし」としか判別できない代物だ。

=北朝鮮から発射された弾道ミサイルが日本に飛来する可能性がある場合における全国瞬時警報システム(Jアラート)による情報伝達について=


 対話でなく圧力と言ってはばからない政府の対応ではなく、対話の方向をちょっとでも動かせるように、尽くすのが日本の憲法に則る仕事ではないか。Jアラートで知らせるから、頭を隠すなり物陰に隠れろというお粗末なことでいいのか。

2017年7月4日火曜日

ホームページ「とびとび写真集」ができた

やれることなどそうはないと、無職の自由人としては、自己弁護しながら限りなく味わい深いWEBに入り込んでいる。なにかが返ってくことを、あてにして時間つぶしをする。

 NETの情報に取り込まれるのは、自分の知識が少ないからに違いないが、それにしてもあれこれの情報の対象量が、とてつもなく多量でアクセスして入り込むと、切り上げるまでには相当時間の浪費をする。

 要は「暇」で時間があるということになるが、今は打ち上げ花火のように「政治ネタ」がつぎつぎと飛び出るから、余計に興味がわいてくる。だからぼちぼち切り上げようかと、思う頃にはもう半日も使い込むか、頭の回転が鈍くなって疲労を感じてくる。

 ちょうど梅雨の天気のように、何か頭の中も曇天になったみたいで気分が悪い。デジタル写真研究会(現代写真研究所)で、講習を受けたホームページ作りを、思い出しながらやってみた。これも「時間つぶし」の貴重な成果で、ここずっと修正を重ねてようやく格好がついてきた。これが撮りためた写真の断捨離の一環になる。


「とびとび」のネーミングは、ときどきしか更新しない(できない)という意。

2017年7月1日土曜日

蛇がいる神田川、しかし便利なワードの「検索」機能

 近所の神田川に蛇がでると、区の注意書きがでている。これをブログのネタにしようと思っていた。このテーマは温めていたものだったが、もしかしたらすでに使ったかと記憶をたどったが、例よって定かでない。ブログの下書きはワードを使っているので、検索機能を使って「蛇」というキーワードでかけてみたら、「蛇行」を使った文章しか出てこなかった。

 前置きが長くなったが、足元で蛇が出てきたらびっくりするだろう。神田川の遊歩道は、主には人と犬が利用しているところだ。だから蛇は邪魔者扱いにされている。神田川はいまやカミソリ護岸になって、広がった土地は人間様がせ占めているわけだから、かつてのようにせせらぎがあり、草が生えた緩やかな川べりがあったときは想像しにくくなっている。そんな状態でも蛇がどこかに居場所をみつけて巣を作って、繁殖できているとしたら遺産ものだ。でも、口いっぱい頬張るような「餌」は確保できるのだろうか。


2017年6月28日水曜日

臨海部都市開発という名で「資金投資先」を誘導するということ

 臨海部開発の失敗という負の遺産がいまだに響いている。築地の再開発という一度は下火になった言葉が息を吹き返した。なぜ豊洲を市場の転出先にしたのかということが、小池知事になっても明快に浮き出てこない。有害物質があると、当の東京ガスが発表していた土地を格安で購入するということは、普通の分別のある政治家はやるはずがない。
 
 うっすらと思うのは「尖閣諸島を寄付金で買取」とか「東京銀行創設」だとかというちょっと政治とは思えない判断から類推すれば、そんなことなのかなとも思えなくもない。「岩盤に穴」よりも特異、特別な考え方で、豊洲を移転先と考えたと解釈するしかない。いまだに豊洲に決めないのは知事の政治責任だとまでいうのだから、よほどの執着と見える。

 専門家会議では有害物質は、完全になくすことはできないということなのに、顔に泥を塗られているとでも思っているのだろうか。豊洲をという選択は、臨海部開発が失敗してどうにもならなくていた終末の時期だった。石原知事にして臨海部開発は「やめられない」ことだった。

 2001年に「臨海副都心事業会計」を、黒字の「埋立事業会計」「羽田沖埋立事業会計」と統合した。「臨海副都心事業会計」は、5290億円の累積赤字と8815億円の借金を抱えていたのに、「東京都臨海地域開発事業会計」を作る事で、帳簿上は赤字と借金の一部が帳消しになった。しかし5185億円の地方債と金利負担は残った。2009年(平成21年)度からは、最初の地方債の大量償還期。単年度で1000億円を越える借金の返還になる。2002年(平成14年)の「臨海副都心開発事業の長期収支試算」では、「都有地運用収入等の収入の累積が基盤整備関連経費や都債償還金等の支出の累積を上回る」のは2021年見込みとのこと発表していた。

ウィキペディア

 豊洲市場の敷地に、土壌には環境基準を大幅に上回るヒ素・シアン・ベンゼンなどの汚染物質が含まれていることは、2001(平成13年)に東京ガスが公表した。都は同時期に臨海部関係の事業会計を3本統合という驚きの裏技を使っていた。特別会計とは言え、全部都民の財産なのだから開発の失敗のツケを、都民に負担をさせたということだ。築地の豊洲への移転強行によって跡地の利用、つまり失敗に臆することなくまたぞろ「再開発」という道を東京都が選択した。

 森ビルが跡地を待っているということが表面化したのは、根拠の確かさと見えてくる。「築地ブランドを守る」とする再開発も、期待されていることと想像できるが、財政問題の勘定ではこれまでの臨海部開発失敗のツケの分も当然考慮されるべきことだろう。「東京ファッションタウン、タイム二十四が事実上破綻。東京テレポートセンター・東京臨海副都心建設・竹芝地域開発が事実上破綻」という事実も開発のあだ花となっている。

2017年6月20日火曜日

釣った魚を食す日本の文化を壊す温暖化

 フグを釣ったら食ってはならぬ!という時代がきた。水産研究・教育機構が発表したのはショウサイフグとゴマフグの交雑で生まれたフグは、どこの部位にフグ毒があるのかが不明だという調査結果だ。外形から見分けがつきにくいという難点があり、判断がつきにくいのは市場にでまわらないようにチェックするとのこと。ならばショウサイフグを食するのは安心ではある。

 ところでこのショウサイフグは、釣りの対象として東京湾や千葉県外房で盛んにおこなわれている。この交雑種を釣りあげたら、釣り人や船頭さんが見分けるというやりかたで、判別することはやっぱり難しいだろう。そうなるとショウサイフグの釣りはできなくなってしまう。

 ゴマフグが日本海を北上し、津軽海峡を越えて太平洋側に入り、ショウサイフグとの雑種が生まれた可能性があるとの見方であり、温暖化によって海産魚の分布の変化や交雑が世界中で報告されているとの実態もある。生態系への影響はいよいよ広がってきたわけだが、「釣って食す」という釣り文化にも大きな影響を受ける。ここまできたかという感じがするし、地球温暖化の対策からトランプ政権が抜けるという話も他人事にならない。

 海水温の上昇に伴うショウサイフグ、ゴマフグの生き残りの「進化」と言えるかもしれないが、生態系への温暖化によるストレスは、「人」の生活への影響もおおきいし、それこそ経済効果のマイナスはどれだけの規模になることだろうか。